依存するということ


あおこ

何かに依存してきた人生でした。



ちなみに、居場所は沢山あるほうがいいと考えているタイプです。

これまで何かに依存して生きてきました。


ライブ、椎名林檎さん、恋人・・・がパッと浮かぶ、依存してきたことかな。

個人的には、本当の宗教やスピ、エコに傾倒しなくてよかったと安堵しています。他人様は否定しません。

ミニマリズムにも依存したとなる・・・かも?

私は心身共に自立をしていない。

助手席に乗っている自覚があります。

移動手段は誰かの運転するものですから。バスや電車でも。

とても「自分の人生のハンドルを握っている」とは口が裂けても言えません。

依存は自分も苦しいことに気付いた


誰かを好きになり、何かを認める事は、とても素晴らしいこと。

ただ、依存するとなると違う。

相手にしがみついて、相手の顔をみながら歩いている状態。

目の前の石にも、踏みつけた花にも気付きません。茶色い物体は一度踏んでみたほうがいいかもしれません。

この頃、依存が薄れてきた。


毎日何時間も音楽聴いていたのが、何日か聴かない日も出てきた。

毎日ウォーキングすれば聴きます。今は暑いし疲れているので休止しています。

私は1983の早生まれなので38歳と考えたら、林檎さんの芸術に雷を打たれてから23年。

こればかりは落ち着くのが怖かったんです。こんなに何かが続いた事がなかったので。

醒めたわけではなく、コロナがあってから、「これからライブがオンラインになってもいいかも」と思っています。

こう思えたことが既に凄いことなんですよね、自分で変わったと思います。

ぼんやりと思うこと。

子どもは元々考えていなくて、若い頃の結婚願望は強めでした。

それがスコンと消えたのが自分でも不思議で。

若い時に結婚ごっこをした半同棲経験が地獄で(お金を持っていく、浮気三昧)、その経験からだと思っていたんですが、

最近は、誰がいなくなっても生きていける自信がつくまで誰ともいたくなかったんじゃないかと思います。



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