自分の最期について。


偏屈な考えがあるので気分を害されたら申し訳ないのですが、

お年寄りが巻き込まれるニュースを見ると、「戦争を乗り越えて生きて来たのに、スマホに夢中の子に命奪われてしまって・・・」と感じています。

そういうニュースが多くて、そのうち、死に方より生き方のほうが大事だと思うようになりました。


私が子どもの頃は、死に方を意識するように教育されてきました。

持ち家の畳で死ねる人生、最期のシーンで多くの人が集ってくれる人生、立派なお墓を用意して守る人生。

それらを目指すように言われていました。

私も洗脳されて、皆がシクシク泣いて、「お疲れ様でした」「家族のために我慢して働いた人でした」と言われるのが最良の人生と思っていました。


それらがポンっと消えました。



私の最期の瞬間はどうでもいい・・・どうでもいいというか、どうでもいいと思っていたほうが幸せでいられます。


最期に拘っていたら、スマホに夢中ではねられたとかこれから増えそうな事故に遭ったら、死んでも死にきれないでしょう。

今、私は、自分の最期には、ウーバーイーツみたいな感じで火葬場に直行直帰して、手を合わせにきてくれた人が「好き勝手生きたんだから後悔なんて無いでしょ。さっ!手を合わせたら美味しいものでも食べに行こ行こ!」と会話してくれるくらいが理想です。



\ブログ作成に使っています/
ドメインお名前.com
テーマWordPressテーマ「STORK19」
サーバーエックスサーバー
アイコンcoconala.com


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です